大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和41年(オ)110号 判決 1969年4月24日

上告人 柴崎拡 外一名

被上告人 国

国代理人 川島一郎 外一名

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人南舘金松、同南舘欣也の上告理由について。

土地収用法一二二条は、非常災害の際の土地の使用に関し、事態の緊急性に鑑み、事業の認定、使用の手続、および使用の効果等についての特例を規定したものであつて、同条に基づき土地を使用するためには同条所定の手続をとるべきことは同条の明定するところであるから、同条一項本文に規定する「特に緊急に施行する必要がある場合」である要件が備わつている場合であつても、同項但書所定の市町村長に通知する手続がなされないかぎり、同条所定の土地使用権は発生しないと解すべきである。しかるに、原審は、右と見解を異にし、本件養魚池に対し同項但書所定の前記手続がなされなかつた事実を確定しながら、原判示の理由のもとに、右の手続がなされなくても、起業者である被上告人は上告人ら所有の本件養魚池の使用権を取得したと解し、さらに原判示の右養魚池使用に基づき損失を受けた上告人らは同法一二四条により損失の補償を求めることができると判断し、右の前提のもとに上告人らの本訴請求を棄却しているのであつて、原審の右判断は同法一二二条の解釈を誤つたもので違法であり、右の違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は右の点において破棄を免れない。そして、上告人が本訴において主張する請求権の成否およびその範囲を確定するためには、なお審理を尽くす必要があるから、右の点についてさらに審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すのを相当と認める。

よつて、民訴法四〇七条により、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 長部謹吾 入江俊郎 松田二郎 岩田誠 大隅健一郎)

上告理由

第一点原判決は確定した事実につき法令の解釈と其適用を誤つた違法がある。

原審は「被控訴人(被上告人国)は本件堤防復旧工事にあたつて控訴人ら(上告人)の本件養魚池に対し土地収用法第一二二条の手統をとることなく控訴人等所有の本件池沼に土砂吹上工事をして事実上池沼を使用したことは被控訴人に過失があり一応違反ではあるが客観的にみて同法条の要件を充足していたものであるから起業者たる被控訴人は控訴人らの本件池沼の使用権を取得したものと解する」云々「右のように公用に基き損失を受けた控訴人らは土地収用法一二四条による損失補償を求めることができる」云々「被控訴人が昭和三一年三月控訴人らに補償額を提示して協議を求めたが控訴人らが受け入れず協議は不成立になつたが此補償額の提示は土地収用法一二四条によるものでないことは被控訴人の自認するところであるから控応人らは土地収用法一二四条による補償請求権がなほ存続する従つてまず此手続を求め所定の経過を経て後本訴手続によるべきであるのに此手続を経ることなく提起した。

本訴は失当であると判示した。

(一) 抑々土地収用法三八章三節の規定は何れも緊急事態に対処するために法が権利者を保護しながら起業者に権利を与へるために命じた義務である同法一二二条は同条による客観的要件を具備している場合に此手続を経て初めて適法なる使用権を起業者が取得することを規定しているもので此客観的要件を欠く場合は勿論此要件を充足していても此手続をとらないかぎりは違法で其使用権を取得するに由ないものである。もし原審のように解するなれば同条は全く空文化して存在価値を失ふものである何となれば客観的要件の充足と言ふ事実だけで使用権を取得することになり同条の手続を必要としなくなるばかりでなく同条自体が否定されることになるからである、而も一方に於て被上告人が此手続をとらなかつたことは過失で上告人らの土地を使用したことは違法であるとし同条の履践を要求しながら他方同条の客観的要件が充足していたから同条による手続を要せず適法に(違法に権利の取得あり得ない)本件池沼の使用権を取得したと言ふ判示はそれ自体に於て矛盾するもので破般を免れない。

(二) 土地収用法に基く損失捕償請求権は起業者の収用手続の履践によつて其相手方に生ずる特別の権利である従つて収用手続をとらない以上は如何なる事情があろうとも被収用者は同法に基く補償請求権を取得し得ないことは当然である、被上告人が此手続をとらず同法による補償は本件には無関係であると言い上告人等も之を認めており当事者間に争のない事実である而して前(一)に述べたように被上告人に於て適法な池沼の使用権を取得し得ないのに之を取得したと違法な判断を前提とし上告人らに収用法一二四条の補償請求権がなほ残存すると判示した原判決は争のない事実を争あるものとし且つ前提に於て誤りのある判断を基礎とし立論された違法の判示であつて破毀されるものと信ず。

第二点原審は上告人らの主張に対する判断を違脱した違法がある。

上告人らは堤防の決潰は昭和二八年九月二五日決潰孔の濡止は翌二九年四月二七日被上告人の本件池沼の無断使用は同年五月二五日であつて決潰後八ケ月を経過している。其間被上告人は上告人等と池沼使用に付協議すべき十分な時間と余裕があつたのに敢てこれをせず又土地収用法一二二条による手続もせず無断に使用したのは被上告人に故意又は過失があり違法であるとの主張に対し原審は判決理由中に其片鱗をも見ることが出来ない従つて破毀を免れない。

第三点原判決は法律の解釈を誤り且つ理由不備の違法がある。

原審は上告人らの本件池沼残土の除去遅滞に対する被上告人の責任義務の追究の主張に対し云々「原判決に説示するごとく控訴人柴崎の養魚池の土砂は主要工事完成後遅滞なく取除いたのであり渡辺の養魚池の土砂については同人より他に利用したいから取徐かないでほしい旨の申出があつたため放置したものである」云々と判示した。

上告人らが被上告人に残土の除去を要求したのは被上告人が残土を全く使用しなくなつた昭和二九年八月以降再三に及んだもので提防の完成は被上告人の主張によつても同年十月十五日であるにもかかわらず被上告人は除去につき予算がないとの理由で約壱ケ年近く放置したものである(原審被上告人側証人榊原源重の昭和三八年四月三日証人調書参照)上告人渡辺は被上告人が除去して呉れるかどうかが全く予想も付かないので困つていた矢先訴外者徳倉が土砂を取除かせると言ふので昭和三十年七月に至り初めて被上告人に自から除去する旨を申出たものである。而して被上告人が柴崎の養魚池の残土除去に着手したのは昭和三十年八月二四日除去完了が十月八日で大体壱ケ年を費したものであり三四ケ月位なれば社会通念上遅滞がなかつたと言い得べけんも予算の制約を口実に当然為すべき義務を知悉しながら十ケ月以上も放置したと言ふことは正に遅滞と言はなければならない、相当の期間であるとか其期間中が遅滞の責を負ふか否かは事実認定の問題ではなく法律問題であり原審が遅滞のない合理的な理由を開示することなく単に工事完成後遅滞なく云々の判示したのは法律の解釈を誤り且つ理由不備で破毀されるべきものと信ず。

以上の如く本件は確定した事実につき原審が法令の適用を誤まつたものであるから破毀自判を求める次第である。

以上

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